小学校において英語を教科として導入すべきか?
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 以上の論題に対し、肯定あるいは否定のいずれかの立場を明確にした上で、あなたの考えを述べる、という課題に、全校生徒が6月17日の「総合的な学習の時間」で取り組みました。
 ここでは、普通科の生徒の小論文を紹介します。


賛成です。

 私は、「小学校において英語を教科として導入すべきである」という論題に対して賛成である。何故ならこれからの社会で国際化が進む中、英語という言語は必要不可欠なものになってくると思うからだ。現在、英語は中学校から習う教科だが、私は中学校から英語を習い始めるのでは時期が遅いと思う。小学校で基礎を固め、中学校でさらに多くの文法を学んだり、実際に英語でのコミュニケーション活動を行う。そうした方がより英語の知識が身に付き、かつ効率的なものになっていくのではないだろうか。言葉というものは覚えようと思っても簡単に覚えることができるものではない。しかし、小さい頃からずっと耳に入ってくる言葉であれば、知らず知らずのうちに頭の中に入ってくるのである。だから、小学校という物覚えが発達している段階で英語を覚える。そうすれば必ずこれからますます国際化していく社会の中で役立つ事だろう。これらのことは今すぐに実行する事は難しいと思う。しかし、これからの社会を背負っていく子供たちのことを考えると、一刻も早く英語を教科として導入していただきたい。  (1年 A.K. 男)

 私は小学校に英語を教科として導入することに賛成だ。理由は2つある。1つめは中学校から突然英語を習い始めるより、小学校から簡単な英語だけでも習っておく方が、中学校で習う英語にすんなり入れると考えるからである。私自身、小学校6年生から英語をやっていたので、中学校に入って英語という「外国語」に比較的すんなり入ることができたと思う。
2つめは「語学教育は若いうちからした方がよい」という事をテレビで聞いたことがあったからだ。日本人が英語での交流をあまりしたがらないという理由に「恥ずかしい」や「発音や言っている事が間違っているかも」というのがあるとよく聞く。しかしそれは自分の英語力に自信がないからだと思う。小学校から英語をすることによって少しでも自信がつくと思う。今では日本にもたくさんの外国人がいるのだから、積極的に交流するのはいいことだと思う。 この2つの理由から私は小学校での英語を教科として導入する事に賛成である。 (2年 C.K. 女)

 私は小学校から英語を教科として導入すべきだと思う。他の教科数が減ったり、教員免許の見直しなど、問題点もあると思うが、中学に入ってからの文法やReadingのような勉強から英語を始めるのではなく、会話の中での英語を小学校の時から学べるといいと思う。
  日本人にとって、英語の聞き取りや発音は難しいが、小さい頃は、日本語にはない英語の音を聞き取ったり発音できたりする能力がちゃんとあって、それが日本語の中で生活していくうちに失われていくそうである。だから、とにかく早いうちに英語を始めるべきではないかと思う。やはり英語は言語であるから、英語で相手と会話が出来ないと意味がないと思う。中学校からは、受験用の英語として勉強が進められていくと思うので、小学校から英語を教科として導入すれば、早い時期から英語に触れるチャンスができ、嫌な勉強ではなく楽しく学べるものになると思う。
  これからは国際社会になり、ますます英語が必要になってくる時代だと思うので、小学校が英語を教科として導入し、早いうちから子供たちが英語に触れる機会を作っていくべきだと思う。  (3年 Y.S. 女)

 賛成の根拠として、
1 子供の頃の方が言語の吸収力と、間違いを恐れない態度があること
2 自分の感じた、中学校から突然英語が始まった事に対する違和感
3 国際社会を生きる上での英語の必要性
が挙げられています。

 次は、「条件付き賛成」です。

条件付きで賛成です。

 私は小学校において英語を教科として導入することには賛成です。小学生の頃から英語に慣れておけば、中学生や高校生になって本格的に習い始めたときにあまり抵抗がなく習うことができると思うからです。私は中学生になって急に英語を習い、とても違和感があり、慣れるまですごく時間がかかったのです。そして今でも違和感があるのは発音です。英語ではRとLの発音が違うように、日本人にはなかなかできない発音があります。ですが、小学生の時から発音の違いを習うことができれば、RとLの違いを舌が覚えて、困ることはないと思います。それに中学生や高校生とは違い小学生は好奇心旺盛で、発音の仕方をすぐに覚えると思います。
でも、英語より日本語をちゃんと教えることが大切です。自分の母語ができないのに英語ができるのは、とてもおかしなことです。いくら国際化といえども、母語ができなければ何の意味もないと思います。 小学生の時から英語を習うのはいいことだと思います。ですが、日本語や日本の文化を尊重しながら習うことが大切です。どんなに時が過ぎ、新しい時代に変わったとしても、これは忘れてはいけないことだと思います。  (2年 M.S. 女)

 私は賛成だ。なぜなら、これから英語はますます必要とされてくるからだ。もう日本の中だけではなく、どんどん海外と行き来して仕事をする頃になっている。新聞を見てみると、自動車会社に外国人の社長がいたり、海外に進出する企業もある。英語は必要だ。
  もし、小学校から英語を始めたら、英語になれるだろう。小学生は何でも吸収する。私は中学校から英語を習い始めたが、アルファベットの練習に四苦八苦したものだ。小学校から英語を教科にしたら、英語を嫌いになる子が出てくるのではないかと思う人もいるだろう。私には小学六年生のいとこがいる。その子は、参考資料にもあるように、総合的な学習の時間を利用した英語の授業を受けているのだが、とても上手に英語を読んで聞かせてくれたり、外国人の先生の話を聞かせてくれる。授業の様子を聞いてみると、外国人の先生と楽しくゲームをしながら授業を行っているらしい。そのように工夫した授業で、発音や基本的なことを鍛えるのはいいことだと思う。反対に、文法など、高校生にも嫌いな人が多いようなものは、中高でやればいいと思う。そこは学習指導要領をきちんと考えなくてはならない。
  以上より、英語の楽しいところに触れられる、英語と親しめるような授業である限り、賛成である。  (3年 M.Y. 女)

 以上は賛成意見ですが、
1 英語を重視するあまり、母語である日本語教育がおろそかになってはならない
2 英語嫌いを作らないように、中高で行う授業とは区別した内容でなくてはならない
という条件がついています。
  では最後に反対意見です。

反対です。

 自分は導入する必要はないと考える。なぜなら、そこまで英語を話せるようになる必要はないと考えるからだ。日本の国際化により、共通語による会話は必要になりつつあるだろう。しかし、それは通訳やコンピュータを間に挟めば問題なくできることだ。
  反対する理由は、この一つだけではない。周りの人がどう考えているかは知らないが、自分は英語の授業を英語を話すことができるようになるものとしてよりも、言語を通して異文化を理解するためのものと考えている。だから、幼い頃から英語に触れていると、異文化であるはずのものを自分たちの文化と感じてしまい、文化の違いから自分の文化を深く考えることもなく、最悪の場合、日本の文化というものが消えてしまうのではないだろうか。
  日本の国際化により、日本の文化、日本人らしさが失われているように最近感じる。異文化を学ぶことは、日本という国の文化を学んでからにしてほしい。  (2年 S.T. 男)

 私は小学校において英語を教科として導入すべきではないと思う。なぜなら、現在新聞やテレビ、本にまでなっているように、「学力の低下」が目立ち、真剣な問題として見られている。そこに英語を導入するとなると、もう一教科増えることになり、他の今までの基礎の教科さえも、さらにおろそかになってしまうのではないだろうか。
  国際化している現在の日本で、英語を早くから学ぶべき、という声は広がっているが、その前に基礎の教科の能力が乏しいようでは、国際社会に出ることも難しいように思う。教科として導入するのではなく、あらかじめあった総合などの時間に少しずつ勉強しているような学校はよいと思う。かつての教科を減らすことなく、中学校に入る際に知っておくと便利である英語を学んでおくことができるからだ。中学校で習っている英語が少しわかりやすくなる程度の勉強を週に1時間の総合の時間にやっておくということは、今の授業状況でも可能で、他の教科課程を減らすこともなくなる。このように最低限で押さえて英語を学習するのには賛成だが、今までの理由から、小学校に教科として英語を導入するのは反対である。  (2年 A.Y. 女)

 私は「小学校において英語を教科として導入すべきである」という論題に対して反対である。なぜなら、忙しいからである。一言で言うとなればこうなる。
今日ではゆとり教育などと言われつつも、塾に通っている子供たちの数を考えると、とてもゆとりがあるとは思えない。ただでさえ週休二日で切りつめている授業日数も、一つ教科が増えるだけで大きく変わる。
  もし、小学校で英語を教科として導入するならば、教員の方にも支障をきたす。ほぼすべての教科を一人で教える小学校の教員に、また一つ教える教科が増えるのだ。
  英語を教科として導入するのに賛成な人達からすれば、子供たちの可能性を広げるため、中学校での英語をやりやすくするため、国際化に向けて、など様々な意見があるだろう。確かにもっともだ。もっともであるが理想論だ。ゆとり、ゆとりと言いながら、今日では学力低下は著しい。
  これ以上科目を増やしてしまえば、ますます勉強が難しくなる。以上から私は小学校の英語教科導入に反対である。  (3年 A.S. 男)

 教科導入への反対の根拠として、
1 日本文化を学んだ後でなければ日本人としてのアイデンティティに支障が生じる
2 「教科」としての質を要求すれば英語嫌いが生まれる
3 教員の負担が増え、生徒の負担も増す。
4 他教科の時間が減り、学力低下につながる
が挙げられています。

  様々な意見の出たこのテーマですが、みなさんはどう考えますか?